Mさんの死
今日はとても個人的な話を書こうと思う。
一昨年、私のとって友人であり、元上司であり、一種のメンター(良き指導者)だったMさんが亡くなった。その死を知ったのは昨年の事だったが、ひどいショックを受けた。
Mさんと初めて会ったのはもう20年前くらいになるだろうか。私がタイに住んでいたころ、大学の恩師に紹介されて知り合った。
とにかくおいしい物が好きで、旅行が好きで、話が合った。一時、上司、部下の関係であったこともあるが、私たちは食事の時になるとそんな関係を8割くらいは忘れて、楽しむことが出来た。当時、よく遅い時間にイタリアンやフレンチのフルコースをホテルでご馳走してくれた(当時の会社の人には申し訳ないが、経費だったに違いない)。私が「こんな時間にワイン飲みながら男二人でコース食べてたらゲイのカップルにしか見えませんよ」というと「フフフ」とか笑うような人だった。
一緒に旅行もした。まだ中国入国にビザが必要な頃、どうしても急いで入国する必要があり、羅湖駅(香港)の国境を徒歩で越えて深圳(中国)に渡った事もある。シンガポールに行ったこともある。上海の夜の繁華街を案内してくれたのもMさんだった。アメリカにもいっしょに行った。
東京でも一緒だった。小さくて素晴らしい寿司屋にも行った。赤坂のおいしいステーキ屋にも行った。麻布十番にあった隠れ家DJクラブ「Romeo y Julieta」に連れて行ってくれたのもMさんだった。
何しろ、バイタリティーにあふれ、遊びが上手で、周りの人を楽しませようとするエンターテイナーだった。特に、食事をオーダーすることに関しては達人で、Mさんがオーダーすると、色々な意味でバランスの良い、素晴らしくおいしい食事が出てくる。どういうわけだかメニューにないような物も出てくる。これを、和、洋、中、なんでもこなし、どの国に行っても注文出来る。本当に「美しい」オーダーをする人で、よい勉強になった。
私は1997年からMさんの会社で働いたが、2001年には非常勤にしてもらって、2004年には完全に退社していた。その頃にはMさんの興味は完全に中国に移っていて、私がホームベースとしていたタイにはまれにしか来なくなっていたし、時々は連絡が来るだろうとタカをくくっていたらそうでもなく、なんとなく、付き合いは無くなっていた。
そんなMさんの経営する会社は2007年に倒産した。元スタッフとして、以前から厳しい経営環境の中で頑張っていたことは知っていたが、結局存続は難しかった、という事になる。Mさんのバイタリティーは、仕事の場面では、「やたら無茶な事を言う人」として現れ、周りの者は大変苦労した。でもそれは日本の中小企業が何とか活路を求めて海外進出し、やれることは何でもやらざるを得なかった、という事なんだろうと思う。
かつての同僚に話を聞くと、Mさん一家は負債の返済のために、持っていたすべての不動産を失ったらしい。Mさんは、倒産後にわずかに残った金型を使って細々と製品を委託生産してもらい、販売を試みていたという。
「どうしているのかな」「事業失敗、大変だろうな」と気になり、その同僚に「Mさんに電話してみようかな。あれだけご馳走になったんだから、一度くらいご馳走しなきゃ。おいしい物も食べてないんじゃない?」と聞いてみると、「やめとけよ。今電話なんかしたら金の無心されて大変だぞ!何にもいいことないぞ!」といわれて、連絡を取らなかった。会社が倒産しても、元社員にいろいろお願いをしていて、元社員たちはうんざりしていたらしい。
で、2010年、Mさんが死んだ。ある日、仕事上の約束があるのに出てこないので様子を見に行ったら亡くなっていたそうだ。ガス事故というが、私は自死と思う。
最近やけにMさんの事を思い出す。
なぜ、連絡を取り、1回とは言わない、5回くらいおいしい物をご馳走してあげなかったのだろう。なぜ話を聞いてあげなかったのだろう。グリーフカウンセラーじゃないか。喪失は死別とは限らない。事業の失敗や財産を失う事も大きな喪失の一つだって知ってるだろう?
そして、Mさんの事を思い出す時にはいつも後悔がある。電話をして、美味しい物をご馳走して、話を聞いてあげれば、Mさんは死なずに済んだのではないか。そう感じてしまうのだ。もちろん、現実的にはそう上手くはいかなかったかもしれない。結局Mさんは死んでしまったかもしれない。逆に、会って、ご馳走して、話を聞いてから死んでしまったら、もっと気が滅入ってしまうのかもしれない。それでも、やるべき事をやってあげなかったのではないか、という気持ち、長年の恩に全然報いる前にその相手がいなくなってしまったという行き場のない気持ちは消えない。
そして、私にとってMさんは素晴らしい人だったが、あの人の良さはあまり皆に知られていなかったようだ。素敵な人だったけど、社員から見ると経営者として、上司としては良くなかったのかな。Mさんのファンとしては、彼の死があまり惜しまれていないような気がするのも余計悲しい。
Mさん、どうしてるかな。
おいしい物を食べるとMさんの事を思い出す。
RIPとか言ったら、あの人はまた「フフフ」とか言うだろうか。
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