二人のアーティストと死:逝く者が遺すもの


保田春彦《白い風景(2)》 2004年 Photo:上野則宏

妻の遺作と生きる:保田春彦

日曜美術館で「彫刻家 保田春彦~生老病死のアトリエ~」を見た。保田晴彦は日本の代表的な彫刻家で、金属を使った大きな抽象モニュメント作品で知られていた。その保田の作品はイタリア人であり、美術家であった妻シルヴィアの死がきっかけに大きく変わる。木彫の「白い風景」シリーズはシルヴィア夫人と歩いたイタリアの建築をモチーフとしているが、同じアーティストの作品と気が付かないほど暖かく、保田の抽象彫刻にピンとこなかった私も気に入っている。
シルヴィアは保田とフランスで出会った。シルヴィア自身もアーティストであったが、結婚後、家族のことを第一に考え、創作の表舞台から退いたが、家事の合間をぬって、膨大な数のデッサンやコラージュを行っていた。これを保田はシルヴィアの死後発見し、影響を受けたという。それが、白い風景シリーズであり、その後始めた裸婦のデッサンシリーズでもある。
しかしシルヴィアさんの作品の中にブロンズ作品が数店あるのを見て、保田がシルヴィアさんが作品を製作していたことは知っていたと感じた。ブロンズは鋳物部分を外部に発注しないといけないので、知らずにいる事は難しいし、そこまで秘密に製作する必要もないのではないか。保田はシルヴィアさんの製作活動をうすうす知っていたが、特に興味を持っていなかったのではないか。ところが死後、非常に膨大な素晴らしいスケッチを発見して、シルヴィアさんが結婚生活中に犠牲にしてきた才能や、それに気が付かなかった自分と対峙したのではないかと感じた。保田は言う「シルヴィアには『あなたは人を描いても抽象をやる人の独特な直線で描くのね』と言われていた。今の私の作品を見たら『結構やるじゃない』と言ってくれるだろう。ざまを見ろ、と言いたいくらいだ。だから今、今の私の作品はシルヴィアとの共同作業だといえる。」保田は死者との対話の中で死者の作品に影響を受け続けている。
余談になるが保田さんは私が武蔵美時代に共通彫塑でお世話になったことがある。偏屈なおやじだと思ったが、今でもかなり偏屈だ。

迷宮(部分) 2010年 17.3×13m MOTアニュアル2010:装飾/東京都現代美術館 Photo:em yamaguchi

遺された者の一部に還る:山本基

6月19日、私は久しぶりに箱根彫刻の森美術館を訪れた。そこで山本基のと言うアーティストのインスタレーション「しろきもりへ ― 現世の杜・常世の杜 ―」が7月30日から行われることを知った。ちょうど予告編のような形でビデオが流れていたのを興味深く見た。
山本は塩を数トンも使い、それで迷路のようなインスタレーションを行っている。パンフレットによると、妹の死がこの塩を用いた製作の原点と言う。「多くの大切な記憶は、時と共に変化し、薄れていく。しかし、写真や文章では残す事の出来ない記憶の核心に、私はもう一度触れてみたい」と山本は言っているという。
私の興味を引いたのは、山本のインスタレーションは、期間の最後に破壊され、使用されていた塩は「海に還るプロジェクト」としてこの趣旨に賛同した人々の手で、海に帰される、と言う点にあった。ビデオの中で山本は言う。「この塩はまた、巡り巡って私の将来の作品の一部になるかもしれませんし、みなさんの食卓に上るかもしれません。」
死者の記憶の核心は遺された者の一部となる、ということか。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です